横浜山手外国人居留地データベース

BLUFF Archivesとは

横浜山手外国人居留地は、BLUFF(ブラフ)と呼ばれていました。「BLUFF Archives」は、山手の「地番」を手がかかりに、日本在住の外国人の人名録「Directory」をデータベース化し、山手に関連する諸資料を地番ごとに整理したアーカイブスです。戦前期には多様なディレクトリが発行されていました。今回は横浜開港資料館所蔵の1870年から1942年までのディレクトリを用いデータベース化を行いました。
今回のアーカイブ化に用いたディレクトリは、
1870年版は「THE JAPAN HERALD DIRECTORY」、1872年版及び1875〜1878年版は「THE JAPAN GAZETTE DIRECTORY」、
1879年版~1923年版は「THE JAPAN DIRECTORY」、
1925年版~1927年版及び 1929年版~1930 年版は 「THE DIRECTORY OF JAPAN」、
1928年版 及び1931年版、1933-1934年版、1938-1939年版、1940年版、1941-1942年版は 「THE CRONICLE DIRECTORY」です。
1923年分まではディレクトリ掲載の「BLUFF DIRECTORY」を用い、1925年以降は「ALPHABETELICAL LISTOFFOREIGN RESIDENCE」を用いました。前者は横浜山手の地番順に居住者情報を掲載していますが、後者は横浜と東京の在日外国人のアルファベット順リストであるため、その中から居住地をBLUFFとする外国人を抽出しました。
横浜開港資料館に所蔵が確認できなかった 1871年、1873年、1874年、1924年、1932年、1935年、1936年、1937年のディレクトリについてはデータベース化を行なっていません。

横浜山手外国人居留地とは

横浜山手は、1867年7月25日(慶応3年6月24日)外国人居留地として開放されて以降、戦前期まで外国人が多く住む住宅地でした。その間、関東大震災では壊滅的な被害を受け、ほとんどの住宅が失われたものの、震災後も再び外国人の住宅地として再興しました。
震災後に建設された外国人住宅のうち、今日まで継続して山手に現存する洋館も、横浜市の山手西洋館をはじめ少なからず確認されており、横浜市の貴重な歴史資産となっています。

出典:The Japan Directory for the Year 1889, the Japan Gazette Office, Yokohama, 1889
所蔵:横浜開港資料館

特定非営利活動法人横浜山手アーカイブス(旧山手歴史文化研究会)について

私たち特定非営利活動法人横浜山手アーカイブス(旧山手歴史文化研究会)は、横浜山手の歴史や文化を学ぶ一環として、居住されていた方々や山手をよく知る方々にお話を伺い、それらを紡いでいこうと考えています。
例えば、山手234番館は現在、見学・ギャラリーとして利用されていますが、1970年代まで4戸のアパートメントとして使われていました。これまでに多くの居住者の方々のお話をお聞きすることができ、一部はご了解のもと、館内に掲示しています。
おじい様、おばあ様から聞いていたこと、家具のこと、食事のこと、学校のこと、クリスマスのことなど、山手にまつわる様々な資料・情報をお持ちの方は「BLUFF Archives」に情報をお寄せください。
また、山手に関する資料等を所有されていて、管理や寄託、寄贈についてご相談になりたい方は、ご一報下さい。

この「BLUFF Archives」は、「公益信託大成建設自然・歴史環境基金平成28年度助成金」の助成を受けています。

2018年6月18日に横浜市からNPO認証を受け、7月7日付けにて法人登記が完了し、名称が特定非営利活動法人横浜山手アーカイブスとなりました。

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